2025年11月7日(金)、UDCOMT.事務局メンバーは、群馬県前橋市のまちづくりの取り組みを視察しました。
当初から官民連携のまちづくりに関わってきた同市の市街地整備課長 纐纈氏とにぎわい商業課の田中氏に同市のまちなかをご案内いただき、大きなまちづくりの流れと現在の具体的取り組みについてお話を伺いました。


官民連携で進む前橋市のまちなか再生
前橋市は群馬県の県庁所在地で、人口約33万人(2025年8月現在)の中核都市です。かつて製糸産業や中心地の9つの商店街で大きなにぎわいを生み出していましたが、隣の高崎市への新幹線停車・郊外型ショッピングモールの進出などの影響を受け、まちなかの空洞化が進行しました。
この状況を変えるべく、前橋出身でJINSホールディングスCEOの田中仁氏が中心となり、2016年に前橋市民が一体となって「めぶく。」ビジョンを策定。官民で米国ポートランド視察も行い、地域のキーパーソンがワークショップを重ねて「前橋アーバンデザイン」が誕生しました。実行部隊として「前橋デザインコミッション(以下、MDC)」を設立し、実際のモデルプロジェクトとして馬場川通りの水路と公共空間の民間主導再整備など、市民がまちの変化を体感できる取り組みを進めています。
その他にも、駅前大通りを通行止めにしてキッチンカーを集める「前橋バルストリート」(2017年から通算9回開催)、県庁から前橋駅に至るメインストリートをウォーカブルな空間に再編する都市空間デザイン国際コンペなど、様々なモデルプロジェクトが生まれています。
さらに現在、中心市街地では小中一貫校の整備をはじめとした再開発が進められており、教育・文化・暮らしが一体となった新たな都市拠点の形成が進行中です。これらの動きが相互に連動し、まちなか全体を次の時代に向けてアップデートしていこうとしています。




空き家利活用も官民で役割分担
馬場川で民間プレイヤーが中心となって動いたのとは対照的に、広瀬川の整備については行政主導で進められました。行政が民間活用策や沿線の民地活用を検討しながら、地域の担い手となるプレイヤーの掘り起こしを促したことが特徴です。
空き家・空き地の利活用を進める際には、関心の薄い地権者へのアプローチを行政職員が担う「マチスタント制度」へとつながっていきました。田中氏は、この制度の立ち上げにあたり、まずは地権者との信頼関係づくりに1年をかけたといいます。「いきなり不動産会社が訪ねるよりも、行政の職員であればまずは話を聞いてもらえる」という点が大きかったそうです。
また同時に、域外からの出店者にも積極的に声をかけ、前橋のまちづくりの取り組みを説明した上で出店を働きかけました。結果として、出店者はまちの活動に理解のある「まちの援軍」となり、地域と良好な関係を築きながら出店が進みました。
マチスタントは地権者と出店希望者のマッチングまでを担い、その後の契約実務は専門の不動産会社に委ねる仕組みです。さらに、空き家利活用を後押しするファンドやリノベーションパートナー制度も整備され、市民や企業が参画しやすい環境が整っています。


前橋市のまちづくり計画の考え方の特徴
前橋市のまちづくり計画では、従来のピラミッド型の組織構造ではなく、逆三角形のアジャイル型発想が導入されています。これは長期的な理念を市民や関係者間で共有し、可視化することを重視しつつも、短期的には固定されない柔軟なアクションを推奨する考え方です。このためトップダウンで厳格に進めるのではなく、現場での試行錯誤や挑戦を尊重しながら、状況に応じて適宜方針を見直していく仕組みとなっています。こうしたプロセスにより、市民や多様なステークホルダーが能動的に参加しやすい環境をつくり出しているのが特徴です。

前橋に学ぶ、官民連携まちづくりの4つのポイント
今回の視察では、前橋市側として長年取り組みを牽引してきた纐纈氏が語られた「官民連携によるアーバンデザインの推進」が特に印象に残りました。前橋アーバンデザインの歩みには、志ある民間人と行政が互いの強みを生かしながら新しい都市像を形づくってきた実践の積み重ねがあります。ここでは、その要点を4つに整理して紹介します。
① 志ある多様なプレイヤーの協働
アーバンデザインづくりの出発点は、「尖ったもの」を目指す姿勢にありました。前橋では、熱意と実行力を持つ約200名のキーパーソンが集まり、11回にわたるワークショップを通じて「どの地域にも当てはまる一般論ではない、前橋らしい都市構造」を描き出していきました。市民、商店主、企業、そして外部の専門人材が一体となり、まちの骨格づくりに取り組んだ点が印象的でした。
② モデルプロジェクトによる具現化
理念を実際の風景に変えるため、市民が理解しやすい3つのモデルプロジェクトを動かすことが重視されました。その代表例が、2021年に始まった馬場川通りの利活用プロジェクトです。MDCを中心に、約200メートルの水路と歩車道を民間資金で再整備するという前例のない挑戦が行われました。
学生を含む100名以上の準備委員会が立ち上がり、地元商店街と連携してイベント運営や日常管理まで担う「馬場川通りを良くする会」が組織されました。この取り組みの原資は「太陽の会」による3億円の寄付です。市内企業家の有志によって始まり、当初24社だった参加企業は今や65社に広がっています。また、民間資金を補う形で、前橋市はソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)や国土交通省の「共助推進型まちづくりファンド支援事業」など複数の助成制度を組み合わせ、計1億円の資金調達を実現しました。
③ 外部評価を活用したシティプロモーション
これらのプロジェクトは、「先進的まちづくり大賞」「国土交通大臣賞」「グッドデザイン賞」など数々の受賞を果たし、市民への広報にも積極的に活用されています。纐纈氏は「受賞に向けては積極的にアプローチした。外部評価によって市民の注目が集まり、『自分たちも何かやってみよう』という人が増えることでまちづくりの裾野が広がる。他人ごとでなく自分ごとに捉えてもらうことが重要」と語っていました。
④ 「他人ごと」から「自分ごと」への意識変化
こうした流れの中で、当初アーバンデザイン策定時には想定していなかった数多くの自主プロジェクトが市民の手から生まれているそうです。前橋では、まちづくりが行政主導の計画から、市民・企業・外部人材が自発的に関わる運動へと進化しています。
前橋の実践は、地方都市における「民と官の協働のかたち」の先進事例です。アーバンデザインの推進力は、多様な人々が熱意を持って関われる“場づくり”に宿っているのだと感じました。
今回の視察を通じて、前橋市では行政と民間が互いの立場を尊重しながら挑戦を積み重ねていることがわかりました。こうした「小さな実践の積み上げ」こそが、持続的なまちの変化を生み出しているのだと実感しています。
UDCおおむたは、この学びを大牟田での活動に活かし、公民学がそれぞれの立場から協働しながら、新しいまちの価値を生み出していけるよう取り組みを進めてまいります。
<その他、視察した内容紹介>
・SHIROIYA HOTEL、ばばっかわスクエア
廃業した「白井屋旅館」の躯体を活かし、建築家・藤本壮介氏が自然と調和する形でリノベーションしたホテルです(視察時はメンテナンス中)。著名な建築家とのコラボによる客室や多彩なアートが多数展示されており、前橋再生のシンボル的存在となっています。ばばっかわスクエアは新築のオフィスやSHIROIYAHOTELの一部の客室、再開発前の喫茶店や新たに美容室、SHIROIYA HOTELの客室とコラボレーションしているブランドのコンセプトショップなどの商業施設が入居した複合施設です。


・シェアフラット馬場川
前橋市のまちなかにある築45年の空きビルを活用した学生専用のシェアハウスです。学生や若者がまちなかに暮らすことで、世代間の交流を生み出し、地域の活性化に寄与しています。入居学生にはまちづくり活動への参加を促し、家賃補助が受けられる仕組みも用意されています。


・しののめ信用金庫前橋営業部
1964年建設の旧前橋信用金庫本店を全面リノベーションし、2022年にリニューアルオープンした施設です。金融サービスに加え、1階のコーヒースタンドや2階のライブラリー・コワーキングスペースを備え、市民の交流の場として機能しています。地域ラジオ局との共用も特徴です。


・アーツ前橋
廃業した百貨店をリノベーションした現代美術を中心に据えた文化施設です。市民や訪問者に芸術体験の場を提供し、アートを通じたまちの魅力発信や文化の創造に貢献、前橋の都市イメージ向上に役立っています。

・空き地の活用
再開発を控える空き地を芝生のイベントスペースとして活用したり、商店街の隙間地を市民が自由に過ごせる庭のような公共空間とするなど、地域に開かれた場づくりに取り組んでいます。




